« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月21日 (木)

賢者の贈り物

今被災地で本当に必要としているものを送ってあげたい

そんな願いと、行政側の物資支援という枠の中では充足しきれない現場のニーズをつなぐことにamazonが一役買ってくれています

私も今ハンガーを被災地に送らせていただきました。

「被災地ほしい物リスト一覧」ページ
http://amazon-wish-japan.appspot.com/

若しくは
http://www.amazon.co.jp/gp/registry/search.html?ie=UTF8&type=wishlist&field-location=&field-name=%E3%80%90%E8%A2%AB%E7%81%BD%E5%9C%B0%E3%80%91

amazon 【欲しいものリスト】ページから キーワード【被災地】で検索でもありです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月20日 (水)

明日へ続く日常

ボランティア2日目
朝6時に宿をでて7時前には対策本部のある福島県伊達市に入り打合せと準備を行い、活動拠点となる宮城県角田市に向かいました
前日の作業反省から予めお湯の準備を始めていただき、我々は着き次第直ぐにコーヒーの準備に取りかかります
前日に準備で1時間以上必要であったところを40分に収めて午前中の活動となる吉田小学校へ出発

こちらの避難所は小中学校に通う子供を持つ家庭がメインで、比較的若い世代の家族が多くなっています
中に入ってみると、男性のみならず大人の大半が仕事や瓦礫撤去作業に出られ、子供達を中心にした留守番部隊という感じです
そのせいか、児童館のような雰囲気があり、私達の提供するココアに大歓声で喜んでくれました
避難所スタッフも束の間の休息という感じで、これまで放置されたままの案件や25日から始まる子供達の学校に伴う登下校への対策、本部ブースの整理という二次的な作業が主な状況でした

明日へ続く日常

10時をすぎた頃には地元ボランティアによる「読み聞かせ」が一角で始まり、避難所生活という特異的環境の中ではあるものの、確かに日常といえる時間が流れ始めている…そんな姿を垣間見れたように思えます

この日の活動は主にスタッフ方と話す時間に費やし、公私の狭間で葛藤しながらも、被災者のために消耗戦を戦い続けている気持ちを少しでも緩和出来ればいいなぁ…と思わずにいられませんでした

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月18日 (月)

「愛」がはばからない

「愛」がはばからない
夕方には翌日活動でお邪魔する避難所へご挨拶と軽い打合せを兼ねて寄ってみました
ひとつは亘理高校のホントに大きな体育館
600人以上が生活されているのに、まだまだ空間的には余裕が感じられました
ふたつ目は街場から少々離れた所の吉田小学校体育館、山側の高台に至る中腹に在るおかげで、抜群の避難所なわけですが、如何せん周辺との連絡に難があり、道路も良い状態とはいえません

夕映えのせまる中、訪れた私達をどちらの施設も非常に親密に受け入れて下さいました
翌日の活動を説明し改めてお願いをさせていただくと、快く受けていただきました
避難所の壁には「町役場」「仕事」「医療」「ボランティア」等それぞれの名目で紙が張り出され、関連する書類がその区画に所狭しと貼られています
私達の活動告知もその中に場所を借りて貼ることができ、無事に1日の作業が終了です

支援を行う方達の中にも被災されたかたはいて、決して一方通行なんかじゃないみんなの願いと思いが集まる場所が「避難所」なんだと感じました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月16日 (土)

瓦礫の地平

小学校での支援活動を終えた私たちは、或る場所を目指しました
そこは、亘理町(わたりちょう)から東の海沿いの地域、大学時代の同級生が住職を務めるお寺がある地域なのですが、残念ながら深刻な津波被害を受けた地域でもあります
同級生仲間をはじめ、大勢の仲間がこの2週間あまりの間、瓦礫撤去作業を続けていることを同じ宮城県内の友人から聞きつけ、お見舞いに伺いました

住宅街の中を走っていくと、突然視界が変わり、一面が泥と瓦礫の世界になりました
その中にぽつんぽつんと取り残されたように壊れかけた建物がたっている…そこにお寺はありました

瓦礫の地平瓦礫の地平

瓦礫の地平

建物が傾がんでしまい、一部が倒壊している境内の前庭部だけがキレイに泥が避けられた場所に辿り着きました
彼は津波発生時は家族共々避難所に逃れましたが、現在は親戚のお宅にお世話になりながら連日片付け作業を続けているそうです
今後のことまでは現時点では考えられない…それでも今出来ることをするしかない…と
周囲の家は全て倒壊している中で孤軍奮闘している彼の姿は、たとえどんな形でもお寺を存続していく静かな強さを見せてくれました

瓦礫の地平
瓦礫の地平

その彼がひとつ教えてくれました

先日、宮城県にスコップを20本支援物資として送ったのですが、彼のお寺の瓦礫撤去作業のために支給された物資としてその内の5本が届いたそうです
物資に貼られた送り状に記載された送り主で私の名前を確認したそうです
誰かの役に立てればいいなぁ…と願い送ったものが一番素敵な結果を導いてくれました
泣きそうになりました
たまたまなんでしょうが、それでも思いと行動を続けることの意義がそこにありました

これからもその歩みを続けていく、そのことの大切さに出会えたように感じています

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月14日 (木)

情熱の集まる場所

情熱の集まる場所
情熱の集まる場所
午後は主に小学生のお子さんをもつ世帯が集約された逢隈(おおくま)小学校の体育館にうかがいました

体育館へと向かう廊下に面した教室には1人いつ帰ってくるのかすら現在確認がとれない子の分も含めて、三学期の終わりに手渡すことの出来なかった絵や習字の半紙、様々な思い出をそれぞれの机の上に並べていました
「みんなに渡したかったから」そんな願いが込められた思い出のひとつひとつが、25日から始まる新学期の笑顔につながってくれたらいいな…って、心から願います

避難所では同じ様に子供を持つ家族が溢れているおかげで、多少子供達が騒いだぐらいでは気にならないくらいに活気に満ちた空気でした
ココアに群がる子供達の歓声が何より印象的でした

被災された方はもちろん、現地のスタッフの方々に疲労が色濃く見られました
彼等の無償の努力に行政も私達も全力で応えていきたい…と、彼等の情熱に現場で触れた私のこころが声を上げ始めています

| | コメント (0)

2011年4月13日 (水)

避難所にて

避難所にて
避難所にて
午前10時より宮城県亘理町の小学校体育館にてお茶とお菓子の提供をしました。災害発災以降一月以上が経過し、災害に対する恐怖よりもいつまでこの生活が続くのか、そのことに対してのつかみ所のない不安感が話しの中に見え隠れしています

ただし、ホントのところは安易に口には出せないんじゃないかな〜って

午後も場所を移動して活動を続けます

| | コメント (0)

2011年4月12日 (火)

大地の震えが止まらない

大震災が発生してからようやく一月が経過しました
普通ならば、余震もおさまりいよいよ復興への第一歩という空気が溢れる頃なんですが、ここにきて震度5、6という苛烈な揺れが被災地を襲い続けています

改めて「これで終了」という目処の無い自然界との闘いの厳しさを感じています

「生き抜く」現実だけが今そこにあります

| | コメント (0)

2011年4月 9日 (土)

支援の手

未曽有の激甚災害発生から間もなく一ヶ月を迎えようとしています
死者不明者併せて2万人をはるかに凌ぐ犠牲者となり、現在も捜索活動は継続している状況です
災害の発生時から継続していた「生き残る」ために過ごす毎日は現在ようやく「再生への第一歩」へと少しずつ移行して来ているのかもしれません

それでも、何をすべきか、何を選択すれば、誰がそこにいるのか、何がそこにあるのか。。。そこにいる誰もが、その人達を思う誰もが、問い続ける毎日は終わる兆しすら見えません

戦い続ける時間に自分達はどう関わっていけるのか… この一月の間手探りで過ごしてきました

気仙沼での作業支援として、近隣の仲間の理解と協力を受け、剣先と角形のスコップを20本調達して現地に送る事が出来ました

支援の手支援の手

他の地域の思いを同じくする仲間との共同作業の結果、100本以上のスコップと高圧洗浄機、一輪車が被災地での作業を支えることにつなげられました

まだまだ活動は始まったばかり、いろいろな形でつながっていきたいと思います

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »